大河内逸話セレクション・その3

えらく時間が空いてしまいました…。
ちなみに天華の次回実装の波切・石切は、鬼切安綱・あざ丸とセットで頼光四天王になる模様。
で、庖丁三姉妹の実装まだですかね…!
庖丁正宗さん実装されたらいい感じに関ヶ原近辺での毛利家刀が護刀に並べられそうです(こうなると義属性も欲しいな)

吉川資料館で『吉川経幹展―広家から経幹へ 祖宗の訓』開催中だそうなので行ってきます!
広家と経幹の繋がりをピックアップして下さるとは流石分かっていらっしゃる…!
ざっくり説明すると経幹さんは幕末の吉川家当主で、関ヶ原時の広家さんを思わせる働きで(実際に広家さんリスペクトもしてた)幕末の動乱の中毛利家を守り抜きます。
幕末の毛利家当主・敬親さんとの関係性も見どころです。
9/8までだそうです。18きっぷが捗りますね!
今回も展示解説資料の販売があるそうですよ!
あと週刊「日本刀」の狐ヶ崎特集が気になる…。等身大ピンナップもあるそうですよ!

と言う訳で今日は『糟粕手鏡』より秀秋さんと刀のエピソードを紹介。
ちなみにこの訳・解説は12月発行予定の本にも載せる予定。

秀秋の好む刀
【訳】
秀秋公は太刀や刀を召されては御自身でも試し切りされていた。
(名工とされる)正宗・貞宗・郷・吉光の刀であっても、切れ味が心に叶わなければ土壇の上へ投げ捨てられ、近くに居合わせた家臣に「あの刀は切れないので、差料にはならぬ。汝が代わりに使うと良い」と仰って幾度となく下賜した。
(逆に)どれほど下作の刀であっても、切れる刀であれば大いに大切にされた。


【解説】
見てくれやブランドよりも実用性を重視するという秀秋の刀剣の好みが窺い知れる逸話である。「正宗・郷・吉光」と言えば「名物三作」として著名な名工であるが、ここでは「貞宗」を加えている。少なくとも『糟粕手鏡』の成立した一六六〇年代でも、これらの刀工を特別視する見方はあったと言える。
号に加え自身の名をも銘に入れた「波游ぎ兼光」「安宅貞宗」はその中でもお気に入りだったのであろうか。「波游ぎ兼光」には切られた曲物が川を泳ぎ切った後真っ二つになったと言う切れ味を示す伝承もあり、秀秋が好んだ事も頷ける。
ちなみに、岡山城の秀秋期の石垣は石を加工せずに組み上げた「野面積み」である。石を加工し整えてから組む「打ち込みハギ」と比べ見た目こそ悪いが、積み方と石の選び方を間違えなければ耐久的に問題はなく工期も短縮出来る。秀秋の考え方がよく表れた一例であろう。


大河内逸話セレクション・その2

さすが殿だ、物販ブースでも凄い存在感だ…!
と言う訳で岐阜高島屋にて「清流の国ぎふ 関ケ原古戦場フェア」が16日まで開催中だそうです。

12月刊行予定の秀秋さん逸話本、もくもくと下書き進行中です。
しかし秀秋さんは戦してる時より家臣と和気あいあいしてる時の方が楽しそうというかいい笑顔が見れる気がします。
と言う訳で『糟粕手鏡』より家臣とのほっこりエピソードを紹介。

士に上下なし
【訳】
秀秋公は千三百騎も居る家中の武士たちに、度々鷹狩りで捕えた鶴や白鳥、川で捕った魚を肴にしてお料理を下さった。大般若と捨子の壺(注:両方秀吉よりの拝領品)で淹れたお茶、様々なお菓子と真に珍客の如くもてなされた。
秀秋公は常々「家臣に上下は無い」と仰って、知行が三百石の人々でも早く着いたならば一番の上座に着席し、三万五千石の平岡頼勝(石見守)・二万石の杉原重治(下野守)・一万石の赤尾隼人正と松野重元(主馬)であっても遅く来たならば下座に着席した。「来た次第に着座」との決まりであった。
秀秋公がおいでなされ、心よさげに語るには「みな世の人々からも賞賛されていると聞いて、予が満足は限り無い。そうであれば大名共が其方らを勧誘する事もあろう。その時は暇乞いしてそちらへ行くがいい。武士は百石を増して立身することが一代の出世であろう。予が及ぶ限りは先方から勧誘されることがあれば、加増して止めよう。及ばない場合は、暇乞いの祝いをし、家老共から先方へ書状を差し添えて遣わせよう」との事であった。
座の家臣は皆感涙し「常々の御慈悲、あまねく広き事にございます。いかなる者から十倍二十倍の禄にて勧誘があろうとも、誰一人としてこの家を去って行くべき家がある等と思いません」と申し上げた。秀秋公は大層機嫌が良くなり、簾の中へ入られた。


【解説】
秀秋が家臣に愛されていた事を伺わせる逸話である。また、世間でも秀秋の家臣の評価が高く引く手あまただった事も伺わせる。
秀秋は鷹狩りや漁を好んでいたのだろう。隆景の元へ養子入りした際の歓待でも鷹狩りや漁を行っていた事を思い出させる(『小早川家文書』155,156)
大般若と捨子の壺は『朝鮮物語』慶長3年6月2日に安宅貞宗・藤四郎吉光と同時に朝鮮での労苦をねぎらう品として秀吉より拝領したものであろうか。
いかにも酒の進みそうな宴会メニューであるが、文中に酒は出てこず飲んでいるのは茶である(一応「肴」と表記しているので出てはいそうだが)
知行に関わらない席順が最大の特徴である。年齢に見合わぬ上座に座っていた秀秋のこと、家臣には自由に気兼ねなく居て欲しいと思ったのだろうか。
文中の家老衆には稲葉正成は登場しない。そのため正成の出奔した慶長6年閏11月22日以降と思われるが、その時点では殺害された筈の杉原重治やその際出奔した筈の松野重元が登場する。ただし杉原の殺害は後世の軍記物(『備前軍記』)での記述であり、一次資料には見当たらない。杉原の殺害は事実なのか、再考の余地があろう。
また、赤尾隼人は1602年10月22日の「備前・美作知行高目録」に名前が見え、家老格であったことが裏付けられる(「藩中古文書」十二)
最後唐突に簾中へ入る秀秋だが、家臣達の言葉に思わず涙ぐんでしまいそれを隠した、という所だろうか。

秀元、真実を記す

天華の次の追加巫剣(のうちの一人)恵瓊さん!恵瓊さんの持ってた子じゃないか!!
どんどん毛利家の子が充実していってて嬉しいです。振分髪さんと絡んでくれると大変嬉しい。厚ちゃんでもいいぞ。
あとは輝元様の持ってた子が来れば関ヶ原世代のメインが揃うな!


12月頒布予定の大河内家による秀秋さん逸話まとめ本、とりあえずネーム時点で100Pを越えました…
漫画+文章(一部本文・訳・解説)という構成なので全部が漫画ではないのですが、思いのほか多かったです。

そんな大河内秀元の『朝鮮物語』より、附言、いわばあとがきとして書かれた文をピックアップ。
【訳】
この本を見る人は、始終大河内氏が軍功を挙げるのに似て、一日中筆にまかせて、とりとめの無い事を色々と書き付けて側に置いておいたと言うだろう。
(※中略)
後から見た君子が、その語句の賤しさ故に意気込みにまかせて、その場その場の日記に従って、是を校正して、是を正して、文章を書いて、吊りあった末の言葉であっても、どうして有る事を無い事として、無い事を有るとするだろうか。いや、しないだろう。
これにおいて、日本国中大小の神、とりわけ氏神である八幡三所(注:応神天皇・神功皇后・比売神または仲哀天皇)に誓って、一言の偽りも無い事を宣言するものである。


ようは、秀元は「真実として」『朝鮮物語』を記したということ。
勿論慶長の役より六十年以上を経てまとめられた日記であるため齟齬は有るだろうし、
人物評(特に三成)など秀元の主観が含まれる部分もあるでしょうが、
秀元の言葉を信じるなら少なくとも自分がどう感じたかは嘘偽りなく書いているだろうし、大筋に嘘は無いということになります。
この『朝鮮物語』自体は割と早い段階から知られていたものの(新井白石が『藩翰譜』で引用した事でも有名)
あくまで秀元の日記として書かれたものなので、出版するため話を盛ったとも考えづらい。
つまりは秀秋さんの蔚山城救援や波およぎ兼光での無双も秀元は真実として記した、という事に!
この部分、秀元の『朝鮮物語』を書いたスタンスが見えてきて結構重要な気がします。


【通販連絡(BOOTH)】
2019/7/3 正午 までのご入金分に関して本日発送し、発送メッセージを送付いたしました。
メッセージ未着の場合はご連絡下さい。

道阿弥、伊勢に行く

『秀吉お伽衆 -天下人をとりまく達人たち-』の図録を見ていたら気になる書状を見つけました。
徳川記念財団蔵「(慶長五年)八月朔日付 田中兵部大輔宛徳川家康書状」なのですが
「山岡道阿弥を安濃津城に向かわせるので船を用意して欲しい」という内容が書かれています。
山岡道阿弥と言えば秀秋の内応の書状(八月二八日付 黒田長政・浅野幸長連署状)でも
「重而山道阿ミ所より両人遣之候条」と、道阿弥経由で秀秋から二人に書状が届いたらしい事が伺えます。
道阿弥が家康の書状通り伊勢へ行っていたとすると、『寛政重修諸家譜』(稲葉正成の項)で秀秋が関地蔵院へ赴いていたのもあながち嘘では無いのかもしれません。

あと『豊臣秀吉文書集五』で個人的に気になったのは秀秋(秀俊)を天正20年に秀吉の元(名護屋)へ行かせる予定があったらしいという事。
四〇七五「山口玄蕃頭宛朱印状」…5/6 年内に秀俊(丹波中納言)を召し寄せるので陣を用意するよう宗永へ依頼
四〇九七「関白宛覚」…5/18 8月以前に秀俊を召し寄せる、高麗か名護屋の留守を申し付けるつもり。高麗は秀勝・秀家に、九州は秀俊に任せたいと秀次へ伝える

鶴松の死後、秀頼誕生前の時期という事を考えるとなかなか意味深。
この時点で秀秋が名護屋へ行ったかどうかは分かりませんが、秀吉は大政所の危篤の知らせを受けて8月には大坂へ帰っているので、結局この時は行かなかったのかもしれません。

波游ぎさん解説漫画+うつしよ文庫版いろいろ

pixivに謹言で頒布した波游(泳)ぎ兼光+小早川秀秋の解説漫画をアップしました!
戦魂+天華のクロスオーバーです。運営繋がり。
秀家+豪姫のイチャつきっぷりとか見るに戦魂武将で妄想してもいけるんじゃないかと思ったり。
前半は解説漫画、後半は戦魂の「金吾中納言」シナリオベースのシリアス漫画です。
波游ぎ兼光ってどういう刀なの?秀秋さんとの関係は?と言う事がざっくり分かるかもしれません。
小冊子は通販のオマケにも付きます(無くなり次第終了)
おくづけには家のプリンタとありますがコンビニプリントです。

謹言新刊『うつしよの波〜波およぎ兼光異伝〜』が予想以上に良い感じに仕上がってたので色々撮ってみました。

そっと描いてみました

pixivにせんむそ義親子絵をアップしてみました
米山寺さんの期間限定リターンが今日までと言う事で。
ちなみにこの秀秋ちゃんが持ってるのは白い薔薇です。父の日も近いので。

気が付いたらスパークが満了してましたね…。と言う訳で当初の予定通り
次回参加は2019/12/1(日) 恐惶謹言二十七(東京ビッグサイト)です。
なんとこの日は秀秋さんの新暦の御命日だったりします。
と言う訳で申し込めなかったら泣くので早めに申し込んでおこうかな。
新刊予定は秀秋さん逸話まとめ本。この日に相応しい逸話も収録予定…というかある意味その部分を一番書きたかった本。
秀秋さん家臣団周りがオリキャラまみれになるのでジャンルはたぶん創作戦国です。

謹言お疲れさまでした!&通販のお知らせ

謹言お疲れさまでした!
当日無配のせんむそペーパーをpixivにアップしました!
もう一個のペーパーはまた後日。
もうちょっとゆっくりしてから上げようと思いましたが期間限定リターンが始まったのでちょっと早めにアップしました。
14日まで隆景さんのお墓にお花をお供えできるリターンがありますよ!


新刊(創作戦国小説本)『うつしよの波〜波およぎ兼光異伝〜』の通販を開始いたしました。
BOOTH:https://namazu-chaya.booth.pm/items/1409696
チャレマ:http://www.chalema.com/book/namazu/item.php?id=namazu-20190610225350
予想以上にそれっぽい感じの文庫本になってちょっと感動して震えてます。
そのうち別記事で紹介するかもしれません。

また、『タマシヰノキセキ』のトートバッグの在庫を少し補充しました。
BOOTH:https://namazu-chaya.booth.pm/items/1187812
チャレマ:http://www.chalema.com/book/namazu/item.php?id=namazu-20190122003217

通販にはペーパーも付きます、よろしくお願いします!

謹言二十六お品書き 閥閲録ピックアップ

2019/6/9 恐惶謹言二十六(東京流通センター(TRC))P39,40「鯰茶屋」のお品書きをアップしました!
新刊はお知らせの通り創作戦国小説本『うつしよの波〜波およぎ兼光異伝〜』です。
ペーパーはせんむそと、天華+戦魂の波およぎ兼光布教コピー本。お買い上げの方にもお渡しします。
各種ペーパー漫画はイベント後pixiv再録予定。

(6/7追記)
ペーパーサンプルではトーン貼ってませんが、なんとか貼れそうなので今貼ってます。
ところで乱光包ちゃんを調べようと名刀幻想辞典を見に行ったら人気項目のトップが波游ぎ兼光だったんですが何があった

(6/9追記)
『タマシヰノキセキ』おまけトート間に合いました!
あまり数はありませんが持って行きます!


せんむそ関ヶ原イベント前夜祭のおみやげに噴いてしまった。
鯛のまんじゅうと柿の種て!!

サンプル+『山口県史 史料編中世』の気になる文書

2019/6/9 恐惶謹言二十六(東京流通センター(TRC))P39,40「鯰茶屋」で頒布予定の
『うつしよの波〜波およぎ兼光異伝〜』のサンプルをpixivにアップしました。
挿絵ページとか加筆エピソードのサンプルもあります。
仕様とか装丁とかはラノベを想像して頂ければと(カバー+冒頭に挿絵ページ)
まとめて本の形で見れるという事で個人的にも出来上がりが楽しみな一冊です。
カバー下はちょっと凝った感じのデザインですがキャラはいないので普通の文庫本に偽装して読めるかも?

【通販連絡】
イベントへの搬入の関係上、6/4〜6/14まで一部の既刊・グッズの発送が出来なくなります。
この間のご注文につきましては、おまけがイベント後のものになる場合があります。
再開次第ご連絡いたします、よろしくお願いいたします。


そして『山口県史 史料編中世』全4巻を見てきたので気になる文書をピックアップ。

長府桂家文書七 毛利秀元感状写
・1600年9月23日の秀元から垣田勘左衛門への感状の写し(もう一通別の家臣宛の同内容のものもある)
南宮山での戦いに関する記述がある
「今度濃州南宮打納之刻、敵付立跡手六今敷候之処、其方事返合候段、無比類候」
・戦闘行為はあった?

久々に京都+関ヶ原の本


久しぶりに京都に行ってきたのですが、なんと、
秀次さんの墓所のある瑞泉寺の御朱印が今回秀次さんになってました!
秀次さんは住職さんによるあのポップでかわいい感じのイラストです!

そういえば池田屋三条大橋って瑞泉寺のすぐ近くにあるんですね。
瑞泉寺の場所が三条河原の近くなので考えてみるとそうなのですが、新たな発見でした。
瑞泉寺の創建年(1611年)を考えると池田屋事件の際もこの地に在る訳で、歴史が線で繋がっている事を感じさせます。

あと一年前の本ですがまだ読んでなかった乃至政彦,高橋陽介著『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』を読みました。
凄く良かったです!とりあえず帯にピンと来た人は買って損は無いと思います。
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